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学長トピックス2010年2月号

韓国をはじめて訪問しました-その2-

 2009年10月7日(水)、韓国・ソウルの空は真っ青に澄み渡り、日差しにも、まだぬくもりが感じられる気持ちのいい日になりました。会議が終わった翌朝ですので、日本からの参加者は、幾分リラックスした表情で、ホテルから歩いて数分の大衆食堂で東京学芸大学からの参加者、それに僕と佐藤さん(愛教大理事)と大後さん(福岡教育大学長)が加わり、約10人でバイキング方式の朝食です。ついつい貧乏性なので、あれも食べたいこれも食べたいと、思うくらいの品ぞろいでした。ゆっくりと一時間くらいかけて8時から9時過ぎまで朝食をとりました。佐藤さんは、この日の飛行機で日本に帰国ですので、10時過ぎのバスで、梶田兵教大学長などと一緒に仁川空港に向かいました。鷲山学長ら東学大の方々と大後さんは、買い物ツアーなど市内見学に向かわれました。僕は、1時の新幹線で釜山に行く予定ですので、それまでの2時間くらいをどう過ごそうかと思い、市内の博物館の見学に行くことに決めました。
地下鉄4号線二村(ICHON)駅下車で、歩いて5分のところに、国立中央博物館があります。2005年に開館したとのことで、横幅500mはあろうかという世界で6番目に大きい博物館です。昨年は、国立博物館100周年とかで、年末まで全国の国立博物館はすべて入場料無料で開館していました。ホテルに帰って荷物を持ってソウル駅に行かねばならず、中に入る時間もなく、やむなく外観だけ眺め、見学は、この次の韓国訪問に譲り、ホテルに帰り、急いで荷物を片づけて駅に急ぎました。

韓国新幹線KTXの普通席の様子 ホテルからソウル駅までは、タクシーを使ったのですが、このタクシーが、どういうわけか、ソウル駅のあたりを過ぎてもなお、私を連れまわし、あいにく韓国語がしゃべれない私にとっては、時間ばかりが気になり落ち着かなくタクシーに乗っていました。幸い、前日切符も買ってあり、乗車の仕方も学習済みでしたので、若干の余裕を持って乗車しました。韓国新幹線KTXの普通席でしたが、ほぼ満席の状態です。日本と比べ、座席は幾分狭く窮屈なように感じましたが、普通席にも韓国鉄道の雑誌が置いてあります。ソウルから釜山まで、約440km、約3時間の旅ですが、料金は47,000ウォン、日本円で3,700円で、日本の新幹線の三分の一程度です。ソウルを13時に出発したKTXは、途中大田、大邸などを経由しながら、釜山駅に15時数分前に到着です。1時間に3本くらいの割合で出ているようでした。
釜山駅には、Chinju(晋州)教育大学校で数学を教えている姜先生が迎えに来てくれていました。姜先生は、40代の「今が旬」の大変元気な先生で、昨年の5月もChinju教育大学校の学生10数人を引率され、本学においでいただいた日本語がとても上手な先生です。大学の車で、愛知教育大学からの村松理事、山根教授、稲吉国際交流室長を迎えに釜山空港に行き、そこで中部国際空港からの3人を待って、高速道路で釜山から北東に約100kmの位置にある晋州市に向かいました。

 車の中での話から、エピソードを一つ、二つ紹介します。「晋州」は、最近英語表記が「Jinju」になったそうで、これに伴い大学名の表記をどちらにするか、教授会での議論になり、結果として、これまで使用されてきた「Chinju」とすることに決着したそうです。また、高速道路には、民間が作った高速道路もあるようで、これは20年間民間が運用し、その後国に寄贈というシステムで運用されるとのこと。

 翌日の10月8日には、朝早く起きて、6時からホテルから歩いて15分のところにある晋州城に散歩に出かけました。ここは、秀吉の朝鮮侵略時に、日本遠征軍と壮絶な戦いがあった地域としてその名を歴史にとどめています。城の中には、晋州国立博物館もあります。あいにく早朝で内部を見学することはできませんでしたが、2009年は入場無料で、通常は大人一人70円程度で公開されていました。
10月8日は、Chinju教育大学を公式に訪問する日です。まず迎えてくれたのが、正門に架かる「日本愛知教育大学学長訪問歓迎」の垂れ幕です。また、本部の入り口には同様の電光掲示板がありました。一昨年、Chinju教育大学の鄭(JUNG)総長が本学を訪問されましたが、垂れ幕など一切なかったし、韓国側の対応に比較して、あまりにお粗末な歓迎だったと、申し訳なく思いました。
さて、それ以降の、日程や行事などは、本学発行の学内誌「AUE MONTHLY」第16号に稲吉国際交流室長が書かれたものがありますので、それを以下に引用します。 

松田学長並びに村松理事(学生担当)始め本学関係者4名が
韓国・晋州教育大学校を訪問

 10月7日(水)から10月10日(土)までの3泊4日の日程で,松田学長並びに村松学生担当理事,山根家政教育講座教員,稲吉国際交流室長が,本学協定校の韓国・晋州教育大学校を訪問した。
この訪問は当初5月に計画されていたが,新型インフルエンザの流行もあり,延期となっていた。松田学長は,10月5日(月)から韓国ソウル市で行われた,韓国教育大学総長と日本の教育大学の学長会議に出席し,その後ソウル市から新幹線(KTX)で釜山に移動、村松理事たちと合流して,晋州教育大学校を訪れたものです。
晋州教育大学校では,本学学長の一行に対して,正門で大きな垂れ幕を飾るなど,素晴らしい歓迎ぶりだった。
一行は,晋州教育大学校総長室でJUNG BO JOO総長から歓迎の挨拶を受けた後,本部会議室において,歓迎のレセプションが執り行われた。
晋州教育大学校側からは,JUNG BO JOO総長を始め,各部局長等も列席され,両学長の挨拶の後,本学と晋州教育大学校との交流の歩みが照会され,本学との学生交流担当の姜 洪在先生から,プロジェクターを利用し,流暢な日本語による晋州教育大学校の紹介が行われた。
その後,情報資料館長(本学の図書館長に相当)の李 榮晩先生の案内で学内を視察した。短い時間で色々な施設を案内され駆け足ではあったが,学生寮では本学から留学している伊藤結実さんの居住している学生寮を見学し,本学学生が韓国の学生に比べかなり優遇されていることが分かり,一同大いに感心し,また改めて晋州教大に対し,感謝した一幕でもあった。
学内は,敷地が本学の5分の一と狭いものの,機能的に建てられており,また施設も総じて本学よりも新しく施設も整備充実し綺麗な印象を受けた。
学内を視察中には,姜 洪在先生の数学の授業を参観する機会もあり,途中,松田学長が飛び入りで晋州教大の学生に本学を紹介するなど,楽しい視察となった。
なお,本学と晋州教育大学校との今後の国際交流の協議については,松田学長から,ぜひ両大学で単位互換の制度を確立したいこと,また将来的には,双方の学生が一定期間留学すれば,双方の学位を出せる「ダブルディグリー」についても検討していきたい旨述べ,晋州教育大学校側も実現に向けて検討することを確認した。
また,話の中では,両大学の教員の相互交流も話題に上り,今後国際交流センターでの検討事項となるなど,具体的な話が直接できたことは大きな収穫であり,充実した晋州教育大学校訪問となった。

 公式訪問の様子は上の記事にあるので、省略します。

歓迎式典の後は、姜先生の数学教育の授業を見学しました。受講生の学生の方々の熱い歓迎を受けました。昼食後は、委先生の車で、郊外の湖(景勝地)や闘牛場の見学、夜は本学からの留学生の伊藤 さんや、本学に滞在予定の学生の方を交えての懇親会でした。

釜山近郊の梵魚寺

 10月9日は、孔先生(現在ご家族と一緒に本学に滞在中で、化学分野を中心に理科教育の研究に従事されています)の案内で、釜山市の見学でした。釜山国立博物館では、伽耶の時代のものを中心に展示してありましたが、10月に訪れた九州国立博物館の展示品との類似性には驚きました。朝鮮半島経由で日本に伝わった大陸文化の影響を直接的に大宰府と釜山で確認できました。
また、釜山近郊の梵魚寺(BEOMEOSA,ポモサ)は、日本の禅宗のお寺の趣で、ここでも文化的つながりを強烈に心象にとどめることができました。晋州教育大学校の孔先生によれば、釜山で最も歴史を感じられる場所、梵魚寺は、釜山の北のはずれ、金井山(キムジョンサン)の麓に位置し、韓国5大寺院にも数えられる由緒正しい寺として、禅寺の総本山としての役割だけでなく、釜山の主要観光地としても知られているお寺です。このお寺の入り口の食堂でいただいたビビンバは、忘れられない味でした。

梵魚寺の歴史(孔先生の解説から)

 新羅時代の文武(ムンム)王18年、西暦678年に唐(中国)から帰国した義湘(ウィサンン)大師によって、国民の思想を強化するため に建てられたと言われています。しかし、1592年の豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の時にそのほとんどが焼失したため、現在の建物は1614年に再建されたものになっています。また、創建当時のもので残っているのは、三層石塔という石塔のみです。

 

 

金蓮山(GUEMREONSAN)頂上の様子

 そのあと、釜山が一望の下に見下ろせる、とっておきの山、金蓮山(GUEMREONSAN)に連れて行ってもらいました。頂上の様子は、写真から推察してください。釜山も高層のアパート群が市街地を中に取り囲む大都会(人口370万人余)でした。
山から下りて、今度は釜山の東に位置する海岸―リゾート地に案内されました。この果てしない砂浜の向こうには湾内を東から西に高速道路(広安大橋)が走り、その橋げたの下には島影が見えました。その手が届くところにあるように錯覚しそうな島影は、対馬だとのこと。古の人たちが、この島を経由して壱岐や九州の北部との交流があったというのは、なるほどと思わせる、そんな近さを感じました。文化の交流の前に、国とかを感じさせないお互いの民族の生活を通した行き来があったのだろうと、僕にとっては、本当に、他国から日本を直に見てみることができた体験でした。
孔先生は、釜山在住の修士課程在籍の現職の教員の修士論文指導が7時から入っているということでした。韓国の先生の忙しさを垣間見ましたが、その指導の熱心さには敬服至極です。
夕食を宿の近くのレストランで、4人で食べ、僕は飲めませんが、後の3人の方はおいしそうに韓国ビールを飲みながらの最後の釜山でのひと時でした。翌朝、釜山空港から中部空港に向け帰国の途に着きました。 (2010年2月7日脱稿)

 

2月の学長便り

 毎日慌ただしい日が続いています。もう2月も20日を過ぎ、今年は、日本では2月4日が立春、2月19日が雨水、3月6日が啓蟄、3月21日が春分です。寒さも峠を越したのでしょうか、窓からあたる日差しは、少しずつ強くなっていくように感じます。2009年度も残すところ1カ月余です(これは2月22日に書き出しました)。今週は、個別試験の前期試験が25,26日とまもなくで、後期試験は来月12日です。今年度は、幸い志願者も昨年度に比して12ポイント増えました。受験生の皆さんには、是非これまでの学習の力を出し切って、試験をパスし、本学に入学してほしいと思います。
さて、教員養成制度をめぐっては、新政権の民主党がマニフェストに教員養成6年制を記載し、風雲急を告げる状態になっています。主に国立の教員養成系大学・学部で構成する日本教育大学協会(会長校:東京学芸大学、略称:教大協)があります(概要は、ホームページ http://www.u-gakugei.ac.jp/~jaue/ )。ここでも、教育政策特別委員会を作り、教員養成制度部会と教員免許制度部会の二つの部会を作り検討を進めています。現在文部科学省は、「教員の資質向上方策の抜本的な見直しに係る検討課題」として、 1.教員に求められる資質能力について、2.教員免許制度の果たすべき役割について、3.大学の教員養成課程の在り方について、4.現職教員の資質向上の在り方について、の4項目において、各教員養成大学・学部を含め広く関連する教育団体から意見集約を進めています。愛知教育大学でも、意見の提出に向けて現在検討中です。私は教大協の特別委員会の教員養成制度部会長で、その立場から、地元の中日新聞1月26日付朝刊「物見櫓」欄に私の意見を掲載していただきました。その趣旨は以下のようなものです(最終ページ囲み、詳しくは掲載新聞をご覧ください)。 

教大協の理事会様子

 2月12日には、東京で教大協の理事会が開催され、全国の9地区(北海道、東北、関東、北陸、東海、近畿、中国、四国、九州)から各3人の代表が集まりました。文部科学省からは、藤原大学振興課長や渡邊同教員養成企画室長らが出席され、最近の動向についての話題提供がありました。

  今の時期になると、ほぼどこの大学でも授業もほぼ終わり、愛教大の場合には、卒業研究や修士論文の提出も締め切られ、先生方は自らの研究時間を確保したり、さまざまな社会的取り組みが必然的に多くなってきます。2月14日は、英語担当教員による英語教育講演会「小中の円滑な橋渡しのために」が名古屋市教育センターで開催、2月20日には、理科の牛田先生を中心に「理科離れ実相調査 ミニ・シンポジウム 2010」が開催され、いずれも現場の先生方などたくさんの方に出席いただきました。こういう場合、学長として、挨拶をしなければなりません。いつも十分な準備も無いままでの挨拶になり、冷や汗をかくことしきりです。こうした行事が、3月に入っても続き、3月23日に卒業・終了式を迎えます。この間、入学試験の合否判定の会議などがありますので、大学の授業は終わっても、結構忙しい日が続くことになります。そして4月になればすぐ入学式で、本学の桜並木も満開となります。

御油の一里塚跡 このように、忙しい中でも、最近時間を見つけては、「歩き」に励んでいます。せっかく、回りに山の無い井ヶ谷に住んでいますので、この辺りの近場でということで、愛知県内の旧東海道を歩き始めました。名鉄の知立駅まで車や自転車で行き、そこから名鉄電車でスタート駅まで行き、知立駅に戻ってくるパターンです。地図を見て、名鉄の国府(こう)の駅の近くを旧東海道が通っていることがわかりましたので、ここを出発点にしました。1月下旬の週末を使って、最初は国府の駅から出発し、東海道53次の35番目の宿場「御油」の松並木を経て東海道36番目の宿場「赤坂」から37番目の宿場である「藤川」の宿までが一日の歩きでした。2回目は2月の上旬ですが、藤川の宿から、38番目「岡崎」の宿を経て、名鉄宇頭駅まで、三回目が昨日の21日(日曜日)で、この日は、宇頭駅から始め、39番目の宿場「池鯉鮒(知立)」を経て三河と尾張の境に当たる境川の境橋まででした。
松並木の様子

 愛教大は、この境橋から上流に向かい約4kmほどの三河よりの刈谷市井ヶ谷町にあります。刈谷市は真ん中を国道1号線が東西に走る南北に長い市ですが、西に豊明市、東に豊田市、北にみよし市に接しています。ということで、旧東海道といっても、国道1号線になっているところもあり、そうではなくても、すべてが車通行可能な道路として現在も使用されていますし、地元の方々の生活道路として結構頻繁に車の通行がありますので、歩かれる方は十分注意してください。歩いてみると、東海道の名残なのか、神社仏閣が街道沿いにあったり、松並木が結構あちこちにありますので、東海道の往時を偲ぶことができます。思わぬ出会いがあったりもしますので結構楽しんでいます。これが、現在の私のストレス解消法というところでしょうか。これからも時間を見つけて歩き続けたいと思っています。

みかんやトマトなど産直品が並ぶ橋の様子 出会いを一つ紹介しましょう。法蔵寺と言う名刹が、岡崎市本宿にあります。このお寺の境内には、近藤勇の首塚もありました。また本堂にいたる朱色の橋の上では、みかんやトマトなど産直品が置いてあり、僕もトマトとみかんを購入しました。その参道入り口で、向かい側の古民家を写生している方が見えました。この方は、ホームページで町並みスケッチを公開している村瀬さんとおっしゃる方で、そのとき紹介いただいたホームページhttp://murase2.web.fc2.com/ を帰宅後拝見し、そのスケッチのすばらしさにびっくりした次第です(詳しくは、http://mytown.asahi.com/aichi/news.php?k_id=24000120906080001 -asahi.com マイタウン愛知 「いま」をみつめる「郷愁の西三河 素描800枚」2009年6月8日掲載-)。また、昨日の歩きでは、東京の方で、京都の三条大橋から歩き始めて、この日は鳴海から知立まで歩きますとおっしゃるご夫婦に出会いました。前の日に来て宿泊し、そして歩いているのだそうです。すでに中仙道は歩き終え、東海道に挑戦中で、三条大橋を出発点に選んだのは、中仙道踏破の終点が京都だったからとのこと。東海道を日本橋に戻ればちょうど中仙道と東海道で一周したことになるのでしょう。
というわけで今回の学長便りは雑文風で終わりました。皆さんのストレス解消法はどういうものですか?
 
御油の松並木 1月24日撮影知立の一里塚と松並木 2月21日撮影

 

教員養成制改革、慎重に!

 教員の資質向上を目的に、鳩山新政権は教員養成6年制化をマニフェストに打ち出している。教員養成6年制は、教員資格に修士号取得を義務づけるもので、現在は、短大または4年制大学で教職課程を修めれば、教員免許状が取得できるので、これまでの制度を大きく変えることは間違いない。民主党案はいち早く1970年代に修士修了を教員の基礎資格としたフィンランドを参考にしたといわれている。
少子化社会への移行と共に学級崩壊やいじめなど学校での問題が多様化・顕在化する一方で、この間の科学技術の加速度的進展の中で「理科・算数離れ」の問題もある。また、世界全体の国際化が進み、日本在住の外国人児童も増えてきている。こうした社会状況の変化に対応するためにも、子どもの教育に当たる教員の専門職化・高度化は避けることのできない課題である。その意味で、教員養成6年制には、同意できる面も多々あるが、制度を構築する上では克服すべき課題も多い。
たとえば、フィンランドでは高等教育の授業料が無償化されているのに対して、我が国では、愛知教育大の例では、高額な授業料に大学運営費の30%超が依存している現状で、ただちに同様の制度を導入することにはある種の慎重さも必要である。なぜなら、学生個人が重い家計負担を抱えたまま、新制度によって4年が6年に延びるということになれば、1.5倍の学費等の負担増に耐えられない学生は教員の道を諦めるであろう。こうした懸念を払拭できる政策を実現するための優先的課題は、次の二点である。(1)世界で160カ国が批准している高等教育の無償化を進めるための国際人権規約第13条を早期に批准すること。(2)優秀な教員志望の学生を確保する上でも、国による授業料の免除制度や奨学金制度の充実など、学生が安心して学べる学習環境の整備を行うこと。
新制度の中で提起されている一年間の教育実習も現状では問題が大きい。学校現場が多忙化している中、新政権が打ち出している教員定数の増加をすみやかに具体化すると共に、教員の勤務形態の見直しや少人数クラスの実現、生涯を通じた研修機会の保障・充実などと一体的な制度改革が必要である。総合的な教育専門職としての学校管理職の養成も視野に入れる必要がある。
最も大切なことは教員免許制度を含め、教員の養成・採用・研修にわたる生涯を通じての教員の資質向上を総合的な教員政策として立てることである。この全体像を基に、養成に関しては「大学における教員養成」という原則を踏まえ、少子高齢化を迎える我が国の将来設計として、教員養成制度の改革を、を進めなければならない。そのためにも国公私立の大学、学校現場はもとより、広く市民の声を聞くことが必要である。制度設計の議論は、50年先を見据えた将来構想という面を持つので、少し時間をかけてでも慎重に行い、いったん制度改革の構想が決まれば、十分な予算を配分し、大胆に実施していくことが重要である。