
学長トピックス2010年10月号(その2)
2010年度国立大学理学系学長会議 -益川さんとポスドクとチンパンジー-
去る10月1日(金)と2日(土)の2日間、表題の会議を今年度は愛知教育大学が当番大学で開催した。昨年度は福岡教育大学を当番校に博多での開催であった(学長トピックス2009年10月号 http://www.aichi-edu.ac.jp/intro/message/2009_10.html 参照)が、大後学長(当時)から引き継いで、今年度は愛教大で、ということになった。
前日までの雨が上がり、1日は青空が広がり、朝7時過ぎに年に1回開催される附属名古屋中学校での研究発表会に出て(全体会だけ)、県下から参加されている先生方に、来年度予算要望枠での国立大学運営費交付金へのパブリックコメント提出のお願いをし、会場である犬山市に急いだ。

理学系学長会議というのは、理学部もしくは理学研究科出身の国立大学学長で構成するインフォーマルな会議で学長間の懇親を主としたものであるらしい。というのは、こうした会議は国立大学法人化前から行われていたようで、その由来を私は承知していません。医学系、工学系、人文社会系などの学長会議があるので、そうしたものと同類のものだとは思うが、この1年以内にお辞めになった学長もお呼びすることになっている。今年度集まった学長は東から、池田(茨城大学)、高田(群馬大学)、松山(東京海洋大学)、高畑(総合研究大学院大学)、堀田(情報・システム研究機構)、榊(豊橋技術科学大学)、長友(奈良教育大学)、野口(奈良女子大学)、柳澤(愛媛大学)、大後(福岡教育大学(前))の方々であった。
今回は下記のようなプログラムで開催した。
10月1日(金)
(1) 14時~15時 「ポスドク問題の現状について」中野亨香氏(新潟大学女性研究者支援室特任助教)・・・私が参加した最初の会議(愛媛大学2008年)で協議事項として「理系におけるポスドク問題」を提案した経緯もあり、またその実相についてきちんと把握しておくことの必要性を痛感していたから。教育大学にはポスドク研究者は皆無で、その実態を直接聞く機会もないことから、このテーマをお願いした。
(2) 15時~17時 「基礎科学、学問、社会について(三大噺)」益川敏英氏(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)・・・益川さん(私たち素粒子論の業界では、偉い先生でも「さん」づけで呼ぶ習慣から、あえて益川さんと呼ぶことをお許し願いたい)は、私の大学の時のゼミのチューターであり、また大学院以降素粒子論を専攻して以来の「先生」であることから、忙しい中を来ていただいた。
(3) 夕食後、鵜飼見学
10月2日(土)
(1) 京都大学霊長類研究所見学
昼食後散会

ポスドク問題でお話しいただいた中野さんは、日本物理学会誌の2010年6、7月号掲載の「シリーズ「”ポスドク”問題」」で、「物理系ポスドクの実態調査I、II」を書かれた共著者の1人であることからお願いした。氏自身が任期付ポストの助教で、ポスドクの身分にある新進気鋭の研究者である。氏は「ポスドクとは何か」から話を始められたが、中でも衝撃的だったのは2008年現在のポスドクの数が1.8万人にも達しているということである。国立大学の学部・大学院教員数は約4.7万人(文部科学省:国立大学法人の現状と課題について(2010年))なので、その約40%にも相当することになります。ポスドクの3割にあたる5千人強が理学分野で、分野別では最大です。ポスドクと常勤研究者を論文数や学会発表回数で比較しても、ほとんど差はないようです。基礎研究の大きな部分を日本はポスドクが担っているといってもいいでしょう。ポスドクには大別して、「自由意思型ポスドク」と「搾取型ポスドク」の2種類のポスドクがあり、また大学院重点化(1990年初頭)によって形成された世代と任期付ポストの拡大により生み出され続けている新しい世代のポスドク層があるようです。私自身も博士課程3年を経たのち、2年間のオーバードクター(OD)を経験し、当時は任期付制度もなく、多くの人が予備校や大学、高校などの非常勤講師をしながらの研究生活であり、当時に比べれば任期付ポストも増えており、そのこと自身は一定の前進であるが、これで問題が解消されたわけではない。いずれにしても、ポスドクが将来の不安なく、安心して研究を続けられる環境をどうつくっていくか、我々学長に課された大きな課題でもあり、また彼・彼女らの能力を我が国の科学の発展のために活かせる状況をどうつくるかは、政治家や行政に課された大きな課題であり、1日も早い具体的政策に基づく解決が待たれていることは間違いない。
益川さんは、幼少のころの思い出から話を始められた。家族の思い出やお父さんの仕事が「少年益川」に与えた影響、小学校時での鶴舞(「つるま」と読むのが名古屋人の常識で「つるまい」と言ってはダメ)図書館での本との出合い、「図書館内を歩いて探検、初めて本を取り出した時、期待感と緊張感で手が震えました。自分で初めて選んだ本との出合いでした。本との出合いは重要で、背表紙を開けるなど当時の製本技術も学びました」とおっしゃる。高校での『坂田モデル』との出会い(1955年9月1日)と名大への進学の経緯、ご本人の入学試験のこと、今の入試制度を大学独自のものに見直すことの必要性とペーパー試験の持っている限界についての評価などなど。話は本当に盛りだくさん、それに一言一言が大変示唆に富むお話でした。

益川さんの話は次に、「学問とは何か、自由とは何か」に向かう。「自由といえども則を超えず」を引合いに出し、ヘーゲルの「自由とは必然性の洞察である」を引用し、「科学がやっていることは人類により多くの自由を準備することだ」という益川さんの見解が展開される。そして、話は教育論にと進む。つまり、「学生に何を教えるかというと、学生が35歳になって一番脂がのった時、つまり15年間、時代の変化に耐え得る知識でなければならない」ことを強調する。そして、教育の側面として、「一つのことを深く知ってもらい、そして複線コースを軽く知ってもらう。人間の適性は単純ではない。どういう世界があるのか外を知ることによってその人は第3の道に進めるかもしれない。若者が成長していくためにいろんな経験を積んでいくが、私は典型化して“憧れとロマン”と言っている」などなど、大学の運営に責任を持つ学長の方々にも十分学ぶことがあった講演でした。

夜は、夕食後犬山鵜飼の見学でした。私にとっても初めての鵜飼見学、1人の鵜匠が10羽の鵜を操り、魚を捕るのだが、首を縛って魚を飲み込まないようにしているのだそうで、その縛りしばり具合がコツなのだとか、なかなか身につまされる鵜飼でした。

2日は、一部の先生を除き、京都大学の霊長類研究所の見学でした。14匹のチンパンジーやそのほかニホンザルがいて、研究者が約100人とのこと。この日は、所長の松沢さん(ごめんなさい、ここでも「さん」で呼ばせてもらいます)の説明、今西錦司以来の研究所の成り立ちから、現在のテーマである「人間とは何か」まで、チンパンジーの様々な特徴を通じて解説してくれました。この研究所は、年に数回一般公開していますので、興味ある方は研究所 http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/index-j.html にお問い合わせください。

