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2009年3月 卒業・修了式にて学長告辞を行いました。

3月23日(月)10時30分

この式場の外では、多くの後輩たちが、皆さんの卒業をお祝いするために、たくさん集まってくれています。また、このキャンパスや隣の洲原公園の桜も、寒い冬にエネルギーを蓄え、今まさに開花の時期を迎え、一斉に花開こうとしています。まさに、皆さんも、この卒業・修了式を機に、花開かんと、固い決意を胸に今日の式に臨まれていることと思います。

このたび卒業・修了される方々は、教育学部教員養成4課程502人、学芸4課程400人、大学院教育学研究科112人、特別支援教育特別専攻科16人や同1年課程15人の合わせて1,045人の皆さんです。本当におめでとうございます。心より卒業・修了のお祝いを申し上げます。

私は昨年4月に学長に就任しましたが、初めての全学卒業・修了式を迎え、ここに皆さんに学長告辞を述べることを大変光栄なことと感じています。学部学生の皆さんにあっては、多くの方が4年前の4月、この学び舎である愛知教育大学に入学されました。皆さんは、この4年間を通じて、卒業に必要な単位を修得され、自らの進路を決め、卒業研究に没頭し、学士(教育学)または学士(学芸)の学位を、授与され、卒業の時を迎えました。大学院教育学研究科にあっては、厳しい審査を経て、修士号の学位論文審査に合格され、修士(教育学)の学位を授与され、ここに修了されるに至りました。この間、愛知教育大学が提供してきた教育プログラムに対する評価はいかがだったでしょうか。

卒業生ならびに修了生の皆さんは、本学で学びを重ね、クラスの仲間やクラブ・サークルの仲間との友情を育み、充実した大学生活を送られてきたことと思います。学部にあっては、各自の専攻分野の学問の楽しさとともに、その難しさや奥深さを理解されました。大学院にあっては、学部での学びの上に、それぞれの専攻における学問を探求され、その成果を学位論文に結実されました。多くの授業の中で色々な感動を経験し、卒業研究・ゼミ・修士論文作成など、先生方から指導を受け、指導教員との間でも師弟の良き関係を築かれたことと確信しています。

皆さんが、卒業・修了を達成されたことに対し、心から、お祝いし、おめでとうの言葉を贈りたいと思います。大学を卒業するということは、決して目的ではなく、「学び」の結果であることを忘れないでいただきたい。

ところで、昨年9月のアメリカを震源とする経済不況が、日本にも大きな津波となって押し寄せています。大変厳しい雇用状況の中で、格差社会や非正規雇用あるいは、正規労働者の不安定化など、我が国の社会システムの根幹をめぐる問題が、大きな社会問題となっています。一方で、地球的規模での環境問題に国際社会は直面しています。昨年夏の猛暑、あるいは局地的豪雨、この冬の雨量の多さなど、異常気象が異常でなくなりつつあるのではないかとすら感じます。そして、世界各地では、先般のイスラエルによるガザ爆撃をはじめ、イラク、アフガニスタン、スリランカ、アフリカのスーダン、ソマリア、ジンバブエなどなど紛争地を挙げれば枚挙にいとまがありません。また、こうした状況の中でも、人の行き来が盛んになり、EUに見られるように、ますます地球規模でのボーダーレス化が進んでいくでしょう。

ここで私は、最近の出来事で感動した一つのエピソードをご紹介したいと思います。それは、小説家の村上春樹氏のことです。氏の小説、「海辺のカフカ」や「ノルウェイの森」などは、世界中で翻訳され、氏は国際的にも著名な作家です。ここにご出席の皆さんの中にも、氏の小説をお読みになった方がたくさんお見えだと思います。氏は、今年の2月、イスラエル最高の文学賞であるエルサレム賞を受賞されました。その直前の1月4日から、イスラエルがガザに無差別爆撃を加え、その後1カ月余で1000人を超えるパレスチナ市民が亡くなりました。その大部分はお年寄りであり子どもであったと報道されています。そうした中、受賞辞退を求める声も多い中、氏は2月15日のエルサレムでの授賞式にあえて出席され、その際の講演で、以下のように述べられました※1。「『高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ』ということです。そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます」と述べ、「壁はあまりに高く、強固で、冷たい存在です。もし、私たちに勝利への希望がみえることがあるとしたら、私たち自身や他者の独自性やかけがえのなさを、さらに魂を互いに交わらせることで得ることのできる温かみを強く信じることから生じるものでなければならないでしょう」と。「生きた精神を持っている」一つひとつの卵、一人ひとりの人間への深い信頼と愛情をこの言葉から読み取り、無辜の人々を死に追いやる「壁」の側の国家に対して、自らの立場を明確に投げかけられた村上氏に対し、深い尊敬の念を新たにしました。

私たち日本で育った者には、国境、民族、宗教などが原因で起きている内戦など、なかなか容易には理解できない面があることは否めません。だからこそ、社会に巣立っていく皆さんには、先に述べた様々な問題を抱える世界の現実から目をそらすことなく、「卵の眼」で世界を見据えてほしいと思います。初めは取るに足らない小さな芽が、やがて大きなうねり、大木となって世界を動かしていくことを、私たちはこれまでの世界の歴史から学んでいます。このことが、今日の卒業・修了式に際し私が皆さんに贈りたいメッセージです。「卵たれ」と!

大学院を修了される方の中には、すでに教員としてご活躍中の方もおられますが、卒業・修了される約6割の方が、新たに教職に就かれると伺っています。今、日本は教育をめぐって大きく動いています。国際的には、日本の公的教育費支出は、経済協力開発機構(OECD)加盟28カ国で最下位ですし、教育をめぐる環境は諸外国に比べ、決して良くはありません。様々な国際比較の学習評価の指標で日本が下がっているとの報道もあります。

また、新教育基本法に基づく教育振興基本計画の策定、新学習指導要領の先行実施、教員免許状更新制度の実施などなど様々な課題が山積する中で、教員の多忙化も進んでいます。しかし、状況は厳しくとも、4月からは、未来を担う子どもたちがあなた方の目の前にいます。教員になられる方は、しっかりと地に足を下ろし、子どもたちと真摯に向き合い、一歩一歩教師としての道を歩み、子どもたちにあなた方の夢を伝え、その足跡を刻まれることを期待します。そしてあなた方の教えを受けた子どもたちの中から、後継者として教師の道を歩んでくれる子どもたちをぜひ育てていただきたいと思います。

一般企業や公務員として、その道を歩まれる方々も、本学で培われた教養教育や専門の学びを土台に、それぞれの分野で、自らを鍛え、その道のエキスパートを目指して、歩まれることを期待します。そして皆さんに続く後輩が、後に続きたいと思うような活躍を期待しています。

本学の教育学研究科、教育実践研究科をはじめ大学院に進学される方は、それぞれの選択された専門の道をさらに極め、その結果を修士論文等で示していただきたいと願っています。

まだ進路が未確定な方も中にはお見えかと思いますが、卒業という人生の区切りのこの時期に、今後の人生設計を立て、それに向けて積極的に、そして果敢に挑戦し、たゆまぬ不断の努力をしていただきたいと存じます。

大学の役割は、知の継承(教育)、知の創造(研究)、知の貢献です。知の創造の分野では、私の専門と同じ素粒子論の分野で、私の先生でありました益川先生と先輩である小林先生が、ノーベル物理学賞を受賞されました。本当に喜ばしいことでした。この宇宙の成りたちを解明する上で大きな契機を与えてくれる業績です。そして、成熟した民主主義社会、持続可能な社会の実現を目指し、人権や平和の担い手を育てることに大学の役割があることは、本学の憲章あるいは1998年に出されたユネスコの高等教育世界宣言でも述べられているところです。卒業生・修了生の皆さんは、このことを胸に刻み、様々な「なぜ」の答えを見出すべく、本学で学んだあらゆることを総結集して、ご努力・ご精進をいただきたい。大きな期待を寄せております。

卒業生・修了生の皆さんの今後の大いなる活躍が、本学の今後、そして日本や世界の今後を支える、大きな力になるものと確信しております。

卒業生・修了生の皆さんのご健康と今後のご活躍を祈念いたしまして、卒業・修了式にあたっての学長告辞といたします。

2009年3月23日

国立大学法人愛知教育大学長
松田 正久

※1 講演は英語で行われ、引用の日本語訳は47News(共同通信)
≪資料≫村上春樹エルサレム賞スピーチ全文(日本語訳)から引用